聖句配信 毎日「神」聞 (4月)
※は森嶋牧師のコメントです
★ 今週のテーマ 「罪悪感と向き合う」
★ 5月 3日(土) ローマの信徒への手紙4章7〜8節
「不法が赦され、罪を覆い隠された人々は、幸いである。主から罪があると見なされない人は、幸いである。」
※罪を赦してもらった人には1つ使命がある。それは他人の罪を赦すこと。
★ 5月 2日(金) ヨハネによる福音書 20章23節
だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。
だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。
※罪悪感は忘れることよりも、それに向き合うことで解決に進む。
★ 5月 1日(木) ルカによる福音書 18章13節
徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。
『神様、罪人のわたしを憐れんでください。』
※胸がいっぱいになるような罪悪感。それを言葉にすれば楽になれそう。
★ 4月30日(水) イザヤ書 59章12節
御前に、わたしたちの背きの罪は重く わたしたち自身の罪が不利な証言をする。
※悪かったと神さまに相談できないと、自分の中で不協和音になる。
★ 4月29日(火) 詩編 38編5節
わたしの罪悪は頭を越えるほどになり 耐え難い重荷となっています。
※初めは小さくてもだんだん大きくなり、最後に自由を奪うのが罪悪感です。
★ 4月28日(月) サムエル記下 24章10節
民を数えたことはダビデの心に呵責となった。ダビデは主に言った。
「わたしは重い罪を犯しました。」
※頭数さえ揃えば何でも出来る。神に頼る思いはそこに一片もなかった。
★ 今週のテーマ 「復活・イースター」
★ 4月26日(土) ローマの信徒への手紙 6章4節
キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、
わたしたちも新しい命に生きるためなのです。
※整理や片づけで多くの物を捨てるのと同時に自分を見つけることがある。新しく生きるとは、それに近い感覚だと思う。
★ 4月25日(金) コリントの信徒への手紙T 15章43節
蒔かれる時は卑しいものでも、輝かしいものに復活し、
蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。
※あなたの心はまだ種なのかもしれない。復活とはその殻をやぶること
★ 4月24日(木) マルコによる福音書 16章6節
「あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。」
※大切な人が、どこかで生きている。これが希望の源である。
★ 4月23日(水) イザヤ書 14章3節
主が、あなたに負わせられた苦痛と悩みと厳しい労役から、あなたを解き放たれる日が来る。
※復活とは解放でもある。死は避けられないが、その恐れから解放される。
★ 4月22日(火) コヘレトの言葉 2章13節
わたしの見たところでは 光が闇にまさるように、知恵は愚かさにまさる。
※死は生にまさると言われる。だが、生は死に負けはしない。
★ 4月21日(月) 詩編48編15節
この神は世々限りなくわたしたちの神 死を超えて、わたしたちを導いて行かれる、と。
※死は山のようだ。頂点にたどり着くのは困難だが、それを超えれば先が見えてくる。
★ 今週のテーマ 「弱さの秘密」
★ 4月19日(土) コリントの信徒への手紙T 1章25節
神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
※弱さの原因は何かの失敗ではなく、弱さの秘密が神さまにあると知るときがある。
★ 4月18日(金) コリントの信徒への手紙T 9章22節
弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。
※自分は弱くなったと言うより、神さまに弱くされたと言う方が楽かもしれない。
★ 4月17日(木) マルコによる福音書 14章38節
誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。
※肉体は限界であり、その弱さを受け入れる人は、神さまに任せる祈りも知っている。
★ 4月16日(水) エゼキエル書 34章16節
わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、
傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。
※強い者が勝つ世界だからこそ、弱い者が勝つ背後に神さまの働きを感じる。
★ 4月15日(火) 箴言 22章9節
寛大な人は祝福を受ける 自分のパンをさいて弱い人に与えるから。
※パンは小さくなったが、気持ちは豊かになった。それを祝福を呼ぶ。
★ 4月14日(月) 申命記 7章7節
主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。
あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。
※わたしの弱さに目を背ける存在もいれば、目を向ける存在もおられる。
★ 今週のテーマ 「下に仕える心」
★ 4月12日(土) ヘブライ人への手紙 12章2節
このイエスは、ご自身の前にある喜びを捨て、恥をもいとわないで十字架の死を耐え忍び、
神の玉座の右にお座りになったのです。
※自分を捨てるものを神さまは拾ってくださいます。
★ 4月11日(金) ペトロの手紙T 2章16節
自由な人として生活しなさい。しかし、その自由を、悪事を覆い隠す手立てとせず、
神の僕として行動しなさい。
※自由と身勝手は表裏一体です。だからこそ、自由を捨てる自由によって全ての人に仕える、神の僕となるのです。
★ 4月10日(木) マルコによる福音書 10章45節
人の子は仕えられるためではなく仕えるために、、また、多くの人の身代金として
自分の命を献げるために来たのである。
※仕えられる人と、仕える人はどちらが立派なのか。そう考えさせられます。
★ 4月 9日(水) 箴言 15章33節
主を畏れることは諭しと知恵。名誉に先立つのは謙遜。
※謙遜とは人より自分を卑下するのではなく、神の前に立つという意識なのです。
★ 4月 8日(火) 詩編 144編3節
主よ、人間とは何ものなのでしょう あなたがこれに親しまれるとは。
人の子とは何ものなのでしょう あなたが思いやってくださるとは。
※ダビデ王の詩です。王でありながら、一人の人間としての自覚を持っていました。
★ 4月 7日(月) 創世記 45章8節
わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、
宮廷全体の王、エジプト全国を治める者としてくださったのです。
※ヨセフは治める側にいながら、治められる側の見方を持っていました。
★ 今週のテーマ 「静かにささやく声」
★ 4月 5日(土) テサロニケの信徒への手紙T 5章16〜18節
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、
キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
※神さまが喜ばれることは、みんなが喜ぶことであり、まず、あなたが喜ぶことなのです。
★ 4月 4日(金) 使徒言行録 10章1節
「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」
※白を黒くすることは簡単でも、黒を白にするほど難しいことはない。
★ 4月 3日(木) マルコによる福音書 9章7節
雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」
※どのような励ましも慰めも聞こえなくなる時がある。そして、神さまの声を聞く。
★ 4月 2日(水) エレミヤ書 1章5節
「わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。」
※生まれる前から愛され、守られてきたと、知る時がくる。
★ 4月 1日(火) 列王記T 19章13節
そのとき、声はエリヤにこう告げた。「エリヤよ、ここで何をしているのか。」
※エリヤは洞穴に引きこもっていた。いつか、そこから呼び出される声がする。
★ 3月31日(月) 出エジプト記 3章4節
主は、モーセが道をそれて見に来るのを御覧になった。神は柴の間から声をかけられ、
「モーセよ、モーセよ」と言われた。
※「道」からそれることを恐れるが、そこで大切なものに出会うこともある。